無線(Wi-Fi)— 電波で飛ばす道

上級の解説は準備中のため、上級の内容を表示しています。

概要 — まず全体をつかむ

中級では、無線を「みんなで分け合う共有媒体」と捉え、CSMA/CAの順番待ちと周波数帯の使い分けを見ました。上級では視点を一段下ろし、電波という物理媒体の上でどんな作法が要求され、どこに限界が引かれているか——衝突を「見えない」世界の調整、電波への乗せ方(変調とOFDM)、帯域と空間の使い切り方(チャネル・MIMO)、そして共有ゆえの実効速度の目減りまで、端から端まで掘り下げます。

電波そのものの正体(電磁波・波長と周波数)は姉妹ユニット 電磁波の仕組み、アクセスポイントの先で有線につながる先は 有線、端末側で電気信号と電波を変換する係は NIC を参照。

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無線(Wi-Fi)— アクセスポイントから電波で飛ばす📱スマホ💻ノートPC📲タブレット🖥️デスクPC📶AP(親機)アクセスポイント=多くは家庭用ルーターに内蔵◎ うれしい点・配線が要らない・持ったまま移動できる・複数の端末を同時に△ 電波ならではのクセ・皆で共有=混むと遅い・障害物や距離で弱まる・他の電波と干渉する

詳細 — 1段階ずつ追う

衝突を見られない世界の作法 — CSMA/CA

有線のCSMA/CDは「ぶつかったのを検知して」やり直します。無線はそもそも衝突を検知できないので、避けるしかありません。

  1. 送信したい端末は、まず電波が空いているか聴く(キャリアセンス※1)
  2. 空いていても即送らず、乱数で決めた短い時間だけ待つ(バックオフ※2)。皆が同時に飛び出すのを防ぐため
  3. 待つ間ずっと空いていれば送信する。埋まっていたら待ち時間を延ばして再挑戦する
  4. 受け手(AP)は正しく受け取れたらACK※3 を返す。送信側はACKが返って初めて「届いた」と確信できる
  5. 一定時間ACKが来なければ衝突・消失とみなし、バックオフをやり直して再送する

なぜ「検知」でなく「回避」なのか。無線機は送信と受信を同時にこなしにくく、自分が送信している最中は、自分の強い電波で他局の弱い信号がかき消されて聞こえない。だからぶつかった瞬間を観測できず、ACKの有無で事後に推測するしかないのです。

登場人物メモ(※の説明):

  • ※1 キャリアセンス — 送る前に媒体(電波)が使われていないか聴くこと。「空いてから話す」の基本作法
  • ※2 バックオフ — 空いていても乱数分だけ待つ仕組み。複数端末の再挑戦が重なって再衝突するのを散らす
  • ※3 ACK — 受信確認の短い返信。届いた証拠。無線では正常系でも毎回ACKが返る(この往復が後述のオーバーヘッドになる)

⚠️ イレギュラー(キャリアセンスが効かない盲点):

  • 隠れ端末問題 — 互いの電波は届かないが同じAPには届く2端末は、相手の送信を聴けず両方が「空き」と誤判断して同時送信し衝突する。緩和策がRTS/CTS(送信要求と送信許可)で、APが返すCTSが圏内の全端末に届き「今から誰かが使う」という予約を周知する
  • さらし端末問題 — 逆に、聴こえるが実は干渉しない相手にまで遠慮して、送れるのに送らず無駄に待つこともある

電波にどう乗せるか — 変調とOFDM

データ(0と1)は、そのままでは電波になりません。決まった周波数の波(搬送波)に乗せる加工=変調が要ります。

  1. 搬送波という基準の波を用意する(例、5GHz帯のある周波数)
  2. その波の振幅と位相を、送るビットに応じて刻々と変える。この点の打ち分けがQAM※1。1シンボルで表せるビット数が多い変調ほど速いが、弱い電波では点を見分けられず誤る
  3. 現代のWi-FiはOFDM※2 を使い、1つのチャネルを多数の細いサブキャリアに分ける。各サブキャリアを直交する間隔で並べ、互いに干渉させずに同時並行で運ぶ
  4. 帯域を細かく割ることで、周波数ごとにムラのある弱まり(フェージング)の影響を分散でき、混信や反射に強くなる
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進行方向電場 E(縦)磁場 B(奥行き)E ⊥ B ⊥ 進行方向(3つとも直角)変化するEがBを生み、BがEを生む、を繰り返して真空でも前進。

電波が振幅・位相を持つ横波であることは 電磁波の仕組み を参照。無線の速さは、この変調の緻密さ(QAMの段数)×並列度(サブキャリアや後述のMIMO)×帯域幅の掛け算で決まります。

登場人物メモ(※の説明):

  • ※1 QAM — 振幅と位相の組み合わせで1シンボルに複数ビットを載せる変調。256-QAM・1024-QAMと段数が上がるほど速いが、良好な電波状態を要求する
  • ※2 OFDM — 直交周波数分割多重。帯域を多数の直交サブキャリアに分けて同時に運ぶ方式。Wi-Fiやモバイル回線の土台

⚠️ イレギュラー(速い変調ほど脆い):

  • 距離が延びると自動で速度を落とす — 電波が弱ると高段のQAMは誤りだらけになるので、機器はより頑丈で低速な変調・符号化へ自動で落とす(レート適応)。「離れると遅い」の正体はこれ
  • 反射(マルチパス)は敵にも味方にもなる — 壁での反射は昔は妨害だったが、OFDMと後述のMIMOはむしろ複数経路を利用してスループットを稼ぐ

帯域とチャネル、そして周波数帯の三択

無線の速度上限は、まずどれだけ広い帯域幅を占有できるかで決まります。そしてどこの周波数帯を使うかで、届き方が根本的に変わります。

  • チャネルと帯域幅 — チャネルは帯域を区切ったレーン。20MHz幅を40/80/160MHzへ束ねるほど一度に運べる量が増えるが、広げるほど空いている連続帯域が見つかりにくく、干渉相手も増える
  • 2.4GHz帯 — 波長が長く回折して壁を回り込み、遠くまで届く。ただし対応機器が多く電子レンジやBluetoothとも干渉して混雑レーン。重ならない独立チャネルが実質3本ほどしかない
  • 5GHz帯 — 帯域が広く高速。チャネル数も多い。直進性が強く距離や障害物で弱まりやすい。気象レーダー保護のため一部チャネルはDFS※1(レーダー検知で退避)が要る
  • 6GHz帯(Wi-Fi 6E/7) — さらに広大な連続帯域を新規に使える。混雑が少なく高速だが、飛距離は最も短く壁に弱い
アニメーション『周波数帯と用途』を開く
周波数帯と用途 — 届きやすさ と 情報量 のトレードオフ少ない情報量・速さ(高いほど多く速く運べる)→AM/FMラジオ〜100MHzテレビ・携帯4G〜1GHzWi-Fi 2.4GHz2.4GHzWi-Fi 5GHz5GHz5G ミリ波〜28GHz赤外線〜THz可視光(光ファイバ)〜PHz低周波高周波← 到達距離・回り込み(低いほど遠くへ・障害物に強い)低周波(左)遠くまで届く・障害物に強い・回り込む。ただし一度に運べるデータは少ない。高周波(右)速い・情報を多く運べる(帯域が広い)。ただし届きにくく直進しがちで障害物に弱い。

登場人物メモ(※の説明):

  • ※1 DFS — 動的周波数選択。5GHzの一部で気象・軍事レーダーを検知したらそのチャネルを即座に明け渡す義務。電波は公共の資源であり、無線LANは免許不要だが譲り合いのルール付きで間借りしている

⚠️ イレギュラー(帯域幅は諸刃):

  • 広帯域が裏目に出る — 混雑地では160MHzに広げるほど干渉に当たりやすく、狭めた方が実効速度が上がることがある
  • 電波法の制約 — 使える周波数・最大送信出力・屋外利用の可否は国ごとに法で定められ、勝手には超えられない。速度の上限は物理だけでなく制度でも引かれている

速さを空間から絞り出す — MIMOとビームフォーミング

帯域幅を広げ変調を緻密にしても限界があります。次の一手は空間そのものを多重化することです。

  1. 送受信に複数のアンテナを並べる(例、4本×4本)
  2. MIMO※1 は、複数アンテナから別々のデータ列を同時に送る(空間多重)。反射で経路が分かれるほど、受信側は連立方程式のように各列を分離・復元でき、本数に比例してスループットが増える
  3. ビームフォーミング※2 は、各アンテナの送信タイミング(位相)を微調整し、特定の端末の方向で電波を強め合わせる。エネルギーを狙って届け、他方向への干渉も減らす
  4. MU-MIMO は、この空間分離を使って複数端末へ同時に送る。順番待ちの一部を並列化できる

無線の世代更新(Wi-Fi 5→6→7)の速度向上は、帯域拡大に加えてこのアンテナ本数と空間多重の高度化が大きな柱です。反射だらけの室内は、MIMOにとってむしろ好条件になり得ます。

登場人物メモ(※の説明):

  • ※1 MIMO — Multiple-Input Multiple-Output。複数アンテナで独立したデータ列を空間的に多重する技術。移動体回線でも同じ原理が使われる
  • ※2 ビームフォーミング — 位相を合わせて特定方向へ電波を集中させる指向性制御。届きにくい端末へ狙って強く届ける

⚠️ イレギュラー(空間多重の前提が崩れるとき):

  • 見通しが良すぎると効きにくい — 反射経路が乏しいと各データ列を分離しづらく、空間多重の利得が下がることがある
  • 相手も対応していないと片手落ち — MIMOやビームフォーミングは送受双方の対応本数の少ない側に律速される

同じMIMO・OFDMを広域で使うモバイル回線との比較は モバイル回線 を参照。

⚠️ 上級の落とし穴 — 共有媒体と物理の限界

無線の限界は、突き詰めると「空間という1つの媒体を皆で分け合う」ことと「電波が物理法則に従う」ことに行き着きます。

  • 公称値と実効速度の断層 — 最大9.6Gbpsのような公称値は理想条件の上限。現実にはCSMA/CAの順番待ち、ACKや管理フレームのオーバーヘッド、距離減衰による低速変調への切替、他ネットワークとの干渉が重なり、実効はしばしば公称の半分以下に落ちる
  • 台数が増えるほど1台は遅くなる — 帯域は皆で共有するので、接続端末が増えるほど順番待ちが延び、1台あたりの取り分は減る。有線の専用線とは根本的に事情が違う
  • 距離減衰は避けられない — 電波は距離の二乗で急速に弱まり、壁や人体で吸収される。出力は電波法で上限が定められ、力ずくでは押し切れない
  • 干渉は自分で制御できない — 近隣のWi-Fiや電子レンジは他人の設備。混雑帯ではチャネル選択も譲り合いになり、単独では最適化しきれない
  • セキュリティは別問題として残る — 電波は空間に漏れるため、暗号化(WPA2/WPA3)を切れば盗聴・なりすましの余地が生まれる。速度の話とは独立に必須

まとめ——無線は、衝突を見られないから避ける(CSMA・バックオフ・ACK・RTS/CTS)/波に緻密に乗せる(変調とOFDM)/帯域と空間を使い切る(チャネル・MIMO・ビームフォーミング)という何段もの工夫で速度を絞り出しています。しかしその全ては、共有媒体・距離減衰・干渉・電波法という物理と制度の限界の内側での戦いです。有線のような専用線の安定と引き換えに、手軽さと引き回しの自由を得ている——ここまで見えれば、モバイル回線も衛星通信も、同じ「電波を分け合う」問題の別の解き方として読めるようになります。

関連する知識

理解度チェック

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1. 2.4GHz・5GHz・6GHz帯の性質の説明として最も正しいのは?

2. 有線のCSMA/CDが「衝突を検知してから対処する」のに対し、無線がCSMA/CAで「衝突を避ける」設計になっている根本理由は?

3. 互いの電波は届かないがAPには両方届く2端末が、キャリアセンスで「空いている」と誤判断して同時送信し衝突する問題と、その緩和策の組み合わせはどれ?

4. Wi-Fiが1つのチャネルの中で高速化のために使うOFDMの考え方として正しいのは?

5. 規格上は最大9.6Gbpsのはずなのに実測が桁違いに遅い——共有媒体である無線でこれが起きる説明として最も的確なのは?

6. 複数のアンテナから別々のデータ列を同時に送り、本数に比例してスループットを増やす技術はどれか。

7. 電波が弱ると機器が「より頑丈で低速な変調・符号化へ自動で落とす」動作を何と呼ぶか。「離れると遅い」の正体でもある。

8. 各アンテナの送信タイミング(位相)を微調整し、特定の端末の方向へ電波を集中させる指向性制御を何と呼ぶか(カタカナ)。